昔の 立花邸の風景。 緑が 豊かだった 裏庭。

　
　これは、博子さんが亡くなってから何年かが経って、私が田舎の実家に戻された頃の話である。まだ「立花邸」にも裏庭の緑が残っていた。

　裏庭には、「渋柿の木」が生えていて、毎年、秋になると、たくさんの実をつけていた。誰も採る人も無く、ほおっておくと、熟して落ちるばかりで、カラスの餌になっていた。

　母は、収穫する時を良く知っており、「いい色になってきたね。」と言うと、隣の家の柿なのに、勝手にちぎる指示を出した。

　私は、母の買っていた「高えだ用の切りバサミ」を、延ばして、カットして掴むと、大きなカゴに丁寧に集めて母に渡すと、母は器用に枝を切り落とし、スルスルと皮をむいた。

　やおら、ビニール紐の束から、スルスルと紐先を掴んで、腕に巻きつけた。柿の数半分の本数に。けんとうをつけると、揃えてハサミで切った。

　むいた柿を二個づつ紐を結んで仕上げると、「これ、ベランダの物干し竿に干してきてね。」と促した。

　立花博子さんの娘が、里帰りした時には、「真由美ちゃーん。」と隣に声をかけた。「これ、お宅の柿だから、持ってお帰り。」と、言って、山ほどのたくさんの干し柿を新聞紙に包んで差し出して還元した。

　博子さんがまだ生きていた頃から、一緒に裏庭の縁側に座って、果物や野菜の収穫を手伝いながら、お互いに、色んな話をして過ごした。人生の悲哀も、怒りも、共有していた、隣同士の付き合いの名残りでもあった。
　

　ここで、最初は道を隔てた、向かいの古い店に越して来た「立花商店」の博子さんが、なぜ、「我が家」の隣に移って住むようになったのか?。の、古い昔のエピソードを思い出しながら、書かねばならなくなった。

　元々は、「重田」という家が二軒あって、「立花」さんが買った「屋敷」が昔は「本家」で、最近、越して来られた「行徳邸」が、「分家だったらしく、昔から、「兄と妹」が、すぐ近くに住んで、長年、仲良く、暮らしていたらしい。

　だが、「本家」の息子の長男が、「岩田屋」の百貨店に勤めていたが、部類の「賭博好き」で、裏庭には、当時、流行っていた、「軍鶏」とか言われる「喧嘩鶏」のオスのシャモを何十羽も飼っていた。



　その中から、見込みのある、最強の鶏を手塩にかけて育てあげていた。その景色は、鶏の卵を分けて頂くような、のどかな雰囲気ではなかった。地面には、険しい決闘の跡の血が流れている、憂鬱な空間であった。

	「喧嘩鶏」

　私も、小さい頃、その闘わせ方を見た事がある。２メートルの囲いの中に、オスのシャモを闘わせるのだが、「闘争本能」があるので、オスの鶏をすぐ傍に近づけるだけで、鋭い足の爪で、蹴り合い、血みどろになるまで、とことんまで、激しく闘わせて楽しんでいた。

　日曜日になると、隣の庭が騒がしくなるので、我が家の家族のみんなが、「何が始まったのか？。」と、窓から覗いた。隣の息子の仲間が、柵を囲んで二羽のオスのシャモを放つと、相手を睨みつけ、たちまち激しい闘いが始まった。悲しい「闘争本能」を利用されて、シャモ達に、ケンカを、けしかけていた。

　
　私は、その光景が苦手で、目を背けて窓からすぐに離れた。だが、兄や姉達は、「闘鶏」に興味があるのか、胸をときめかせて、りゅうけつの、いたいたしい闘いが終わるまで、いつまでも見ていた。

　この勇ましい闘いの光景は、家族の心に、「闘争心」という、大きな影響を与えていく。

　兄は、剣道や、空手を習うスポーツマンになっていき、いじめっこを逆に叩きのめしてしまうほど、強く逞しくなっていった。

　当時、古くなった「石臼」の穴に棒を差し入れて、重量上げの真似をしている兄の姿を見つけて、生垣をはさんで、「のりおは、変わっとるなあー。」と、あきれて言った。自分が相当、変った特殊な「喧嘩鶏」の趣味が原因で、兄の血がたぎる「闘争心」を煽った事には、全く気が付かないでいるようだった。

　兄も、姉たちも、この「闘争心」が、皮肉にも、乱暴で、大雑把で獰猛な性格が強くなり過ぎて、やがて、将来に自らの運命を破滅に向かわせていく。（解明編で詳しく述べる。）

　「石碑」の武将の霊は、母と兄や姉達に強力な「闘争心」を与えたが、共に闘う課題を果たしていく上で、求められる「闘争心」であった。だが、急に、その「闘争心」は、見えるかたちではなく、見えない、心のうちに秘める、「求道」（ぐどう）の、あくなき「追求心。」に移っていくようになる。

　それで、突然、店にやって来て、「格安の値段でいいから、あの屋敷を買い取ってほしい。」と頼まれた。「うちにはそんなお金は無いですよ。」と、断ると、「今、有るだけのお金でいいから、あとの残りは、少しづつ払って貰えばいいです。」　こうして、思いがけず、博子さんは、長年の、借家住まいから、夢の「持ちいえ」に住む事になった。

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	大小二つの「石碑」

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ところで、その家の裏手には、「忠霊塔」の丘があり、その麓に、少し小高い丘があり、大小の無縁仏の「石碑」が、近隣の邸を見守るかのように、見下ろして立っていた。 　今は、竹やぶに覆われてしまって、姿が判らないが、当時は分家のほうから登っていく細い道があり、代々、神芝や、花を供える習慣になっていた。 　お菓子を供え、線香を焚いて祈る、「分家」のおばあさんの姿を見た記憶がある。私は、一度だけ、供えられたばかりの「落がん」を見つけて、お腹がすいていて、拝借して食べた事がある。 　また、一度、割れたガラスの不燃物を、その「石碑」のそばに、「ガシャーン！」と音を立てて捨てた事があったが、すかさず、「誰かーっ！。」と大声で、おばあさんから、こっぴどく怒られた。それ程、大事に祀ってくれていたのだった。

	石碑が二つ、竹やぶに隠れています。
	眠れる二つの石碑に、光を当ててあげ、 しっかりした土台を付けて祀って下さい。

ところが、「重田邸」の「本家」は、使い込みで、急に「よ逃げ」のように、どこかへ引っ越して居なくなった。「分家」のおばあさんも夫婦も、やがて亡くなり、子供達は都会に引っ越して、いつの間にか、「分家」も「空き家」になってしまった。 　「分家」の長男が、定年を過ぎてから、実家に、ひとりだけ戻って来たが、「回覧ばん」を持って来た時に、母が、「ほら、重田さんとこの、長男の「いさお」ちゃんだよ。覚えてるね？。」と、紹介してくれたが、子供の頃の面影が全く無くて、昔のハンサムな記憶とは違う、頭の禿げた、ただのおじさんになっていた。 　それから、しばらくして、荒れ果てた「石碑」のあったすぐ近くの場所に立つ彼の姿を見たのが、さいごで、まもなくして、急に病気が重くなり、あっけなく死んでしまった。それからは、完全に、「石碑」があった事を知る人が、誰もいなくなった。 　私には、竹林に覆われたまま、誰にも知られずに、お国の為に殉死した「防人」の「石碑」が放置されている事が、何となく、不敬に思えて気になっていた。　 　そして、「竹やぶになって、放置するような事が続くと、そのたびに、すぐ下の近くに住む人達に、急に不幸な事が襲って来ていたのではないか？。」と、想像を巡らせていると、ふと、幾人かの無念な顔と、思い当たる姿が重なった。 　「重田邸」も、「立花邸」も、「石碑」に対して、「同じ課題」が求められていたが、時代が流れ、世代も移り変わり、「石碑」を見上げて、いつも労いの思いで、大事に祀っていた先代の人と違って、次第に忘れ去られ、とうとう、見向きもしないほど、全く構わなくなくなってしまったようだ。 　博子おばさんの最期の話を、母から聞いた事がある。越して来たばかりの頃は、あんなに元気だったのに、「石碑」が「竹やぶ」に覆われて見えなくなってしまい、全く忘れ去られた状態になった頃から、「博子」さんは、急に胸が痛み出して、病院に診て貰うと、「乳癌」の末期だと言われたそうである。

	奥の「行徳邸」は、何も知らない。
	当の「立花邸」でさへも知らない。

「石碑」に、どんな由来があるのか、知らないまま、思いがけず、家を買わされて引っ越してきた立場では、無理は無いが、慌てて買わされた事もあって、「石碑」の由来や、お供えの事は、何も聞かされてなかったとしか、考えられない。 　私も一度、庭を耕している博子さんの姿を見たことがあるが、その時に、「石碑」は、竹ヤブに覆われて、全く見えない状態になっていたようである。

　

私は、何かに気づいて、無意識に知っていながら、大事な事を言い忘れているような、漠然とした、むな騒ぎが起こった。おばさんは、私の顔を見つめたが、内気で何も言わない少年に、寂しそうに苦笑いして、また仕事を続けた。 　母の話では、それが放置された、「石碑」の祟りなのか、判らないが、「ある日、博子さんは、急に胸が痛みだして、たちまち腫れ上がり、手で押すと、乳首の先から、ドロッとした膿がピューッと出たらしい。それから寝たきりになり、まもなく亡くなってしまったとよ。」と話した。 　この時も、「ああ、しまった。たとえ思い過ごしの、単なる予感であっても、さりげなく、教えてあげられる、何か方法は無かったか…？。」と、今更ながら、「あの時に一言でも…。」と、後悔していた。