（地図の犬に対しての、今の列車の位置を訊ねているのか…？。）最初はそう思ったが、違った。

　（僕がポチなのか？。）犬の地形の地図を見ながら答えた。「んーと。今、首の下あたりかなあ…。」

　いつのまにか、私の「あだ名」は、勝手に「ポチ君」にされて、そのまま受け入れて、返事していた。

　「ポチくんー。」と呼ばれても、まんざら悪い気ではなく、むしろ、お気に入りの、ニックネームだった。
　

　
　彼女が、「主人」の立場に立ち、私を「ポチくん。」と呼んでくれる事に、心踊る快感が走った。

　不思議な「道案内にん。」を連れて、私は、犬の前足にあたる、懐かしい故郷の駅に近づいていた。

　彼女は、私の未来に、やがて必要となる、不思議な「閃きの手がかり」を、何気なく見せてくれていた。

　この時、私は、まだ、彼女のおどけた姿に隠された、ギャグのしぐさの、深い意味が判らなかった。
　

　
　列車の中で、いつのまにか、「主人とポチの関係」を演じてしまった二人は、日本人のたどる、

宿命の「雛形」を先駆ける、出会いをしていた。だが、この時は、お互いに、その立場を悟れなかった。

　ポチが、主人を背中に乗せて、宝が埋まっている山へ向かって、走り出すイメージが浮かんだ…。

　やがて、未来の「閃きの宝」を乗せた列車は、ポチのまえ足の地点にある「駅」に着いた。
　

　
　二人は、駅を出て、しばらく国道を歩いた。昔、あった広い材木屋の敷地は、コンビニになっていた。

　久しぶりに帰ってきた、寂しい田舎にも、時代の変化が少し現れて、華やかな風が香っていた。

　やがて、小さな橋の上にくると、忠霊塔の丘が見えてくる。麓に建ち並ぶ民家が川面に映った。

　橋を渡って、川沿いの細い小道を歩いていくと、いよいよ懐かしい「実家の裏庭」が見えてきた。
　

　
　彼女を連れて、玄関前に立ち、緊張しながら引戸を開けた。「ただいまー。」「あら、…お帰りー。」

　実家に帰り着くと、母の前に、彼女を紹介して、今までのいきさつと、「脱会への意志」を伝えた。

　母は、息子が、「教団を離れる決意」をした事を聞くと、内心ホッとしたのか、ニッコリとほほえんだ。

　宗教には、嫌悪感があったが、（息子が左翼の洗脳からぬけ出す機会になれば…。）と黙認していた。
　

　
　
　母は、若い頃、大きい屋敷に奉公した経験があって、接待で、「大本教」の教祖と信者の、陰の実態を

　目にする機会があった。神の言葉を掲げて、多くの女性信者に奉仕させて、食い物にする一面

が許せなかった。息子の入った教団も、実は、同じ臭いを感じて、強い反対の気持を持っていた。

　（もう、そろそろ、何とかしなきゃ。）と思っていた処に、帰ってきた息子の脱会相談に、快く賛同した。
　
　

　
　
　（本来なら、教団に乗り込んででも、息子を連れ戻さないといけなくなるかも知れない…。）

と覚悟していたのだった。（せっかく、左翼思想の洗脳が解けても、今度は宗教の洗脳からぬける

事のほうが、より難しくなるかも知れない…。左翼から右翼へと、思想の放浪を続けている息子を、

そろそろ、まっとうな普通の社会に取り戻さなければならない…。）と感じていた、そんな時だった。
　
　

　
　
　放浪息子の突然の帰郷だった…。しかも一緒に女性を連れての、脱会の里帰りとはとうとつ過ぎた。

　（何かに行き詰って、決死の覚悟で帰ってきたようだ…。まあ何にせよ、 卒業できて良かった…。）

　私は、脱会決意後、これからどうしたものか、部屋を借りるお金も無い状態を、素直に打ち明けた。

　二人は、まず突然行方不明になり、しばらく、教団の追跡から、身を隠す必要があることを告げた。
　
　　

　
　
　（連れ出してくれてありがとう…。）母は、息子を脱会させてくれた彼女に密かに手を合わせ、感謝した。

　脱会後、しばらく教団から身を隠す為の、部屋を借りる「敷金」を、明日までに借りたい旨を伝えた。

　母に甘えて、ありのままに話している自分がいた。私は母が受け入れてくれると直感していた。

　母は、息子の「思想の放浪は宿命。」と、ほおってきたが、（今、ぬけ出す手助けができる…。）と思った。
　
　　

　
　
　その頃、組織では、研修会に向けて出発しようとしていた。国民宿舎で、三日間、新方針を聞く、

　重要な研修会で、皆、準備して乗り込んだが、ワゴンシャには、二人分だけが空席のままだった。

　準備もせずに、消えた二人を探しても見つからず、待っても来ないので仕方なく出発した。

　途中、うわさ、ばなしが出て、（あの二人は怪しい…。男女問題を起こしたかも。）と、冗談を言い合った。
　
　

　
　
　同じ組織にいた者達の、「明日への旅立ち」は、明暗を分ける、せい反対の方向に進みだしていた。

　教団のメンバー達の向かう、「滅びの道」は、一見すると、楽しい集団の旅行の雰囲気であった。

　一方、脱会を決意して、向かう二人の進もうとする、「見知らぬ道」は、不安と戸惑いの中にあった。

　教義に背く負債感を、ふりはらいつつ、とうひこうへの選択がいつかは、(正しかった…。)となるように祈った。
　
　　

　
　
　夕焼け雲の下、故郷の台所で、二人は母の支度した夕飯を食べ終え、早めに就寝についた。

　この日、私達は、かつて祖母のゼンの使っていた、なつかしい二階の部屋に泊まることになった。

　さんざん歩き疲れていたのか、布団を並べて敷き、早めに、とこにつくと、すぐに泥のように眠った。

　深夜、仕事から、遅く帰ってきた兄は、夕食をとりながら、弟が脱会の決意をした話を、母から聞いた。
　
　　

　
　
　食事を終えて、兄は階段を上がってきた。兄は、自分の部屋に入ろうと、フスマの前まで来た時、

　二つの布団の、こちら側に寝ている、見知らぬ不思議な雰囲気の女性の寝顔に気がついた。

　気配を感じた彼女が、微かに目を開けた。「うん…！。」兄は慌てて、自分の部屋に入り、襖を閉めた。

　彼女は、初めての他人の家に泊まることになって、興奮と緊張感の中で、実は寝つけなかった。
　
　　

　
　
　翌朝、兄は早起きして、部屋から出る時、目が覚めた彼女を横目でチラリと見て降りていった。

　昼前に、 母が郵便預金を下ろしてくれた。（母さん、本当にありがとう。あとで必ず返すからね。）

　母にお金を借りて、兄に保証人の捺印を貰い、古い二階建の木造アパートの小さい部屋を借りた。

　夜になって、皆に気づかれないよう、彼女のまとめた荷物を、少しずつ何回にも分けて、車で運んだ。
　
　　

　
　
　荷物は、いつでも、すぐに運べるように、皆が気がつかない、倉庫の入口に、予め密かに移動していた。

　この日、メンバー達は、国民宿舎へ研修会に出発してから、まだ帰っていなくて、誰もいなかった。

　重要方針を聞く為に、全員、ワゴンシャに乗り込んで出発したのか、幸い乗用車が一台残っていた。

　事務所に入り、キーを持ち出し、トランクと後部座席に、荷物を積めるだけ積み込んで、運び出した。
　
　　

　
　
　運ぶ途中、ふと、女性伝道師のガッカリする顔が浮かんだ。（すみません。折角、僕が教団に戻った

時は、喜んでくれていたのに、また離れます。○さん、期待に添えない霊の子を許して下さい…。）

　だが、離れる負債を超えさせる、優先順位があった。天に背いて離れる。…という感覚ではなくて、

　むしろ、シュが備えてくれた、「宿命の出会い。」に感謝し、「脱出の指令」を心良く受け入れていた。
　
　　

　
　
　信者から見れば、「男女問題」を犯しての脱会は、「再堕落」と映るが、…真相は「栄光への脱出だ。」

　（教義より、優先すべき大切なもの。…今は道案内の使者と共に行く、「次の道」を最優先しよう。）

　部屋に戻り、最後の荷物を彼女に渡した。次の道に、進む為に必要な「脱出準備」が全て整った。

　「これで全部運び終えた。…さあ、車を返しに、最後のお別れに行こう。」　二人は車に乗りこんだ。
　
　　

　
　
　教団の横の、駐車場前までくると、バスが戻っていた。　「あー、みんな研修から帰ってきている…。」

　一旦、そのまま通り過ぎて、裏通りの公園にくると、考えて、彼女だけを先に降ろすことにした。

　「二人は、それぞれ別々の用事で、参加しなかったことにしよう。…僕は時間をずらして戻るよ…。」

　彼女は、何気ないふりして、先に戻った。家の用事を済ませたことにして、私も三時間後に戻った。
　
　　

　
　
　「あれ？、　今までどこにいってたの？。みんな、心配してたよ。」「ご免。…ちょっと、急用ができて…。」

　重要な研修に、参加しなかった二人のことを残念がり、疑うような不信な眼差しで、責め立てた。

　それぞれ、急用で参加できなかった言い訳をした。二人とも、とぼけて、偶然に重なった事にした。

　まるで、針のムシロ状態で、皆の視線が突き刺すように、白い目で、いたたまれない思いになった。
　
　　

　
　
　二人は、何も無かったように、平然を装い、別れを噛み締めた。（みんな、元気で。…さようなら…。）

　皆は、研修を受けた余韻で、熱く興奮していた。　その夜、二人は、遂に脱出を決行した。闇夜の

逃避こうのスリルを感じながら、まだ見ぬ未来の「希望」に向かって、雑踏の中に消えていった。

　--　「ほのぼの童子」の　脱会日記、１。　　
　　　　特別公開。　おわり。　--